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	<title>疑問解決コーナー  |  教えてお坊さんblog</title>
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	<description>仏教のこと、通夜葬儀、法事、供養、祈祷など分からない仏教に関わることを分かりやすく解説します。</description>
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	<title>疑問解決コーナー  |  教えてお坊さんblog</title>
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	<item>
		<title>心にゆとりを持つ方法とは！？現役僧侶が実体験をもとに紹介！</title>
		<link>https://www.osiete-obohsan.com/relaxation-of-mind/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[クバさん]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Jul 2021 23:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[疑問解決コーナー]]></category>
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					<description><![CDATA[現代社会は、昔に比べて日常が目まぐるしく過ぎ、せかせかしている印象を受けます。 というのも、ニュースでよく都会における通勤電車の映像や渋滞した道路の映像を目にしているのもそう思う要因のひとつとなっているでしょう。 また、 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>現代社会は、昔に比べて日常が目まぐるしく過ぎ、せかせかしている印象を受けます。</p>



<p>というのも、ニュースでよく都会における通勤電車の映像や渋滞した道路の映像を目にしているのもそう思う要因のひとつとなっているでしょう。</p>



<p>また、会社の出勤や仕事の納期など、常に時間に追われて生活している人も多いのではないでしょうか？</p>



<p>私も僧侶となる前というのは時間に追われ、心に一息入れる暇もなく生活していました。</p>



<p><strong><span class="marker-under">ですが、僧侶となるべく本山に修行に行き、あらゆるしがらみと関係を断ち生活することで、ストレスも感じづらくなり、他者を思いやる余裕すら出てきました。</span></strong></p>



<p>ですので、心にゆとりを持つことで人間性すら変わるのではと私は考えています。</p>



<p>この記事では、日々心に一息つける余裕がない人に向け、私が体験した経験をもとにおすすめの心にゆとりを持たせる方法を紹介していきます。</p>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">心にゆとりを持つ方法</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">私の経験から言えること</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">お寺に行ってみよう</a></li></ol></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">まとめ</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">心にゆとりを持つ方法</span></h2>



<p>社会人となり仕事を始めてから、本当の意味で心を休ませたことはありますでしょうか？</p>



<p>ここで言う本当の意味というのはどういうことかというと、心を休める時間を意図的に作っているかということです。</p>



<p>休みの日に家族と出掛けたり、友達と遊んだりと時間を使うこともあると思います。<br>これは普段の忙しい毎日と変わり、他者と関わることで心の活力にはなりますが、心を休めるという観点から言うと少し違う気がします。</p>



<p>では、いったいどうすれば心を休ませ心にゆとりを持たせることができるのか紹介していきます。</p>



<p>私が考える、心にゆとりを持たせる方法は2つあります。</p>



<p>1つ目は、<strong><span class="marker-under">いつもより少し早く起きて、ご先祖さまに手を合わすこと</span></strong>です</p>



<p>これは、意外にできる機会というのはなく、作ろうと思い行動しなければこういう時間というのは作れないでしょう。</p>



<p>まず大切なのは、いつもより早く起きるということです。<br>早朝というのは昼間と違い静まり返っており、なんとも落ち着いた気持ちになるものです。<br>そんな荘厳な雰囲気の朝に、仏壇やお墓に手を合わせましょう。<br>これはやってみると分かりますが、驚くほど無心になれて、心が落ち着くので是非試してください。</p>



<p>2つ目は、<strong><span class="marker-under">お寺や神社のような神聖な場所でお祈りや瞑想をすること</span></strong>です。</p>



<p>お寺や神社のような場所は、いつもの現実と切り離された荘厳な空間にいるような気持ちにさせられるものです。<br>そんな神聖な場所で、お祈りやできるところでは瞑想体験などをすることで、日々の悩みすらちっぽけに思え、心を休ませるという観点でみても無心になり邪なことは考えないため、終わったころには心の違いに気づくことでしょう。</p>



<p>時間が作れたら是非試してみてください。</p>



<h3><span id="toc2">私の経験から言えること</span></h3>



<p>実は、上記のこの二つの方法は私が僧侶となる前、本山で修行していた時に私が実際に感じた、心にゆとりが持てる時の体験をもとにあげさせていただきました。</p>



<p>本山の修行は朝が早く、一日を通して仏さまにお仕えし手を合わせます。</p>



<p>もちろん最初は、朝早く起きるのが辛く心にゆとりを持つ余裕なんてありませんでしたが、これを続けるうちに段々と心が穏やかになっていることに気づきました。<br>そして、いつしか余計なことは考えず無心になれる時間として、日々の生活習慣としてなくてはならないものとなっていったのです。</p>



<p>また、本堂での瞑想も心にゆとりを持つうえで大切な時間でした。</p>



<p>瞑想とは、ご存じの通り心に余計なことを考えず、無心になり自己を高めます。<br>これは言うまでもなく終わった後には心が落ち着き、心休まるものです。</p>



<p>こうして心を休め、ゆとりを持たせることで私は修行の日々で感じたストレスも緩和し、何より他者に対しても配慮できる余裕のようなものまででてきました。</p>



<p>今思えば、辛く苦しい修行を難なく乗り越えることができたのも心にゆとりがあったからこそだと実感します。</p>



<h3><span id="toc3">お寺に行ってみよう</span></h3>



<p>とはいえ、修行というのは誰しも行えるわけでなく、一般の方ではまず体験できないでしょう。</p>



<p>ですが、一般の方でもお寺や神社に行き、場所によっては修行体験やお祈りといったことはできます。</p>



<p>普段なかなかやる気にエンジンが掛からない方でも、そういった場所に行くと真剣になれるものであります。</p>



<p>心に余裕が持てず、どうしようもない時は是非お寺や神社に立ち寄ってみてください。</p>



<p>必ず、心に何かしらの変化が起きることと思います。</p>



<h2><span id="toc4">まとめ</span></h2>



<p>日々生活していてなかなか心にゆとりを持つ余裕というのはないかもしれません。</p>



<p>ですが、私が紹介した方法を空いた時間に取り入れるだけで、驚くほど心が軽くなり、日常の辛く感じていたことに対しても変化が生じてくることでしょう。</p>



<p>この方法によって、私自身も辛い修行の日々を乗り越えましたし、他者を想い行動できる人間になれるよう欠かさず日常に取り入れています。</p>



<p>日々心に一息つける余裕がない人は特に、心にゆとりを持つための方法を実践してみてはいかがでしょう。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>僧侶は休みの日に何をしている？現役僧侶がそんな疑問にお答えします！</title>
		<link>https://www.osiete-obohsan.com/holiday/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[クバさん]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Jul 2021 23:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[疑問解決コーナー]]></category>
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					<description><![CDATA[一般のサラリーマンの公休日は基本的にカレンダー通りの土日祝日が休みになることと思いますが、お坊さんに休みがあるかどうかをご存じでしょうか？ 大多数の人が、お坊さんというのは特殊な職業であり、日々休まず修行している姿を想像 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>一般のサラリーマンの公休日は基本的にカレンダー通りの土日祝日が休みになることと思いますが、お坊さんに休みがあるかどうかをご存じでしょうか？</p>



<p>大多数の人が、お坊さんというのは特殊な職業であり、日々休まず修行している姿を想像する方が多いと思います。</p>



<p>ですが、現代におけるお坊さんのすごし方は昔と大きく変わってきています。</p>



<p><strong>この記事では、日常様式の変化とともに変わってきたお坊さんの日常を含め、お坊さんは休みに何をしているのか？お坊さんという職業の休みの取り方についても現役僧侶が解説します。</strong></p>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">お坊さんの公休日について</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">お坊さんは、休みに何をしている？</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">お坊さんの休みの取り方</a></li></ol></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">まとめ</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">お坊さんの公休日について</span></h2>



<p>お坊さんには休みがあるの？という疑問を持つ方もいると思います。</p>



<p>昔の僧侶は、それこそ修行に日々明け暮れて、休みなどという概念などなく己を高めるために精進することが日常でありました。</p>



<p>では現代はどうでしょうか？</p>



<p><strong><span class="marker-under">最初に結論から申しますと、寺に常駐している住職と有名で大きなお寺にサラリーマンのように通っている僧侶で、休みのありようが大きく変わってきます。</span></strong></p>



<p><strong>自分の寺に常駐している住職の場合</strong>は、基本的に休みはないといっていいでしょう。<br>というのも、寺が小さければお寺以外にも一般のお仕事をしないと食べていけないということもあるのでその場合、平日は一般職、土日はお寺で法事ということになり休む暇がありません。<br>また、大きいお寺だからといって休みがあるわけではありません。大きいお寺には、観光客や参拝者が途切れずやって来ますし、その度に祈願やお払いといった仕事が入ることでしょう。<br>そして、月参りがあるような地域もありますが、そのような地域は完全に休む日はないといえるでしょう。</p>



<p><strong>有名で大きなお寺にサラリーマンのように通っている僧侶</strong>の場合は、休みを取ることができます。<br>私自身も、関東で有名なお寺にサラリーマンとして勤めていましたが、月に任意では選べませんが６日休みをいただいておりました。<br>もちろんサラリーマンですから有給もあり、それらも活用して休みを取っていた経験があります。<br>ですが、平日より休みの日の方が仕事が忙しいことから、休める日は一般の職業と真逆で、土日祝日は休めず平日に休むというのが基本でした。</p>



<p>このように現代は昔と変わって、己を精進する日々から仕事を優先するような考えに変化してきているように私は感じます。</p>



<p>ですが、世の中は働き方改革を意識し、労働環境や労働時時間をブラックでないものへと変えていく取り組みが行われています。</p>



<p>これは、僧侶においても例外ではなく、こういった取り組みの影響を受けているので大きなお寺では、休みや有休が取り入れられているのでしょう。</p>



<h3><span id="toc2">お坊さんは、休みに何をしている？</span></h3>



<p>休みの日になにをしているのかと聞かれれば、<strong><span class="marker-under">正直お坊さんそれぞれだ</span></strong>と思います。</p>



<p>中には、趣味や家族に休みの時間を使う方もいるのでしょうが、お坊さんの休みは他に比べ少ないと言えるでしょう。</p>



<p>広い境内の掃除や僧侶の研修、本山に足を運ぶ用事など意外と忙しいのが僧侶であります。</p>



<p>そういったものを自分で管理しつつ、半休は足りていない掃除にあて、休みの日は研修にあてる。</p>



<p>昔のような僧侶の生活とまでは言えませんが、現代で僧侶として励むにはこれが限界のような気がします。</p>



<p>私は、僧侶として常に見られても恥ずかしくない行動を心掛けていますが、中には人目に付くような行動をして噂になるような僧侶もいることは否めません。</p>



<p>人の進むべく道を示し、道徳的にも模範となるべく僧侶は生活しなければなりません。</p>



<p>なぜなら、僧侶となるときに戒を守ると誓ったはずだからです。</p>



<p>そんな行動を心掛けて休みを取った時にできれば僧侶として素晴らしいですよね。</p>



<h3><span id="toc3">お坊さんの休みの取り方</span></h3>



<p>私の休みはどうなっているのかというと、今はお寺に常駐しているため休みというのは<strong>ほぼ</strong>ありません。</p>



<p>私の場合は、月参りが月の日数すべてを埋めていますし、土日に法事、それに加え突然のお告げによる葬式が入るので休む暇がありません。</p>



<p>ですが、<strong>ほぼ</strong>と伝えたように檀家の理解を得ての一日休みと半休は存在します。</p>



<p>例えば、友引の前日は前々から予定を組んで出かけることができます。<br>お坊さんは略して友前(ともまえ)と言いますが、友引は友を道ずれにすると言われることから友引の日には葬式をしない習わしがあります。<br>ですので、泊りで出かけるのは友前を選ぶことで安心して休むことができますが、その日にあたっている月参りをその時だけ日にちを変更していただき、前もって行う必要があります。</p>



<p>田舎の寺では大体がこんな感じで休みを取っていると思います。</p>



<p>都会の大きなお寺では、上記でも説明した通り決められた日数休みがあります。</p>



<h2><span id="toc4">まとめ</span></h2>



<p>お坊さんの休みは、地域や仕事内容、寺の規模によって大きく変わってきます。</p>



<p>そして、休みの使い方も僧侶次第であり、戒を守り模範となる行動を心掛けるべきとお伝えしました。</p>



<p>実は、これは私が修行時代に師匠から寺へと変える前に教わったことの一つであります。</p>



<p>「休みだろうが人が見ていなかろうが、僧侶としての自覚を常に持って行動しなさい」という言葉を受け、私自身心にとめて生活しています。</p>



<p>怠惰な僧侶と言われないよう日々精進したいものです。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>子供に仏教の大切さを伝えるには？現役僧侶が実体験をもとに解説！</title>
		<link>https://www.osiete-obohsan.com/tell-the-child/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[クバさん]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Jul 2021 23:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[疑問解決コーナー]]></category>
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					<description><![CDATA[現代社会において、寺離れや無宗教といった影響により、仏教との関りが遠ざかってしまっている印象が顕著に見受けられます。 仏教は、日本の歴史から見ても深く私たちの生活に関わってきており、様々な行事や風習といった、日常生活に欠 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>現代社会において、寺離れや無宗教といった影響により、仏教との関りが遠ざかってしまっている印象が顕著に見受けられます。</p>



<p>仏教は、日本の歴史から見ても深く私たちの生活に関わってきており、様々な行事や風習といった、日常生活に欠かせないものでありました。</p>



<p>しかし、最近ではその関係も遠のき、お正月の初詣や節分の豆まきなど、何気なく行っている行事が仏教由来のものあり、本来の意味があることを忘れてしまっている気がします。</p>



<p><strong>また、仏教離れによる道徳の変化も私は危惧しています。</strong></p>



<p><strong><span class="marker-under">昔は、寺子屋などでお寺との関りも日常的なものであり、そこで和尚さんから勉強以外にも人としての在り方や、日々の行いの指針を教わったものです。</span></strong></p>



<p>ですが最近はどうでしょう？<br>ニュースを見ていると、未成年の犯罪は昔に比べて増加しているそうです。</p>



<p>この記事では、現役僧侶が実体験をもとに、こういった現代だからこそ子供に学ばせたい仏教について、その伝え方を解説していきます。</p>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">子供の教育に仏教を取り入れよう！</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">子供に仏教を体験させる取り組み</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">家でもできる子供への仏教の伝え方</a></li></ol></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">まとめ</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">子供の教育に仏教を取り入れよう！</span></h2>



<p>現代社会が昔と大きく変わった点は何でしょう？</p>



<p>私が考えるその違いというのは、人と人の関りが極端に減ったということだと考えています。</p>



<p>情報が飛び交うネットという環境がある生活やスマホ・テレビゲームがあるおかげで、家を出て外で遊ぶ子供の姿は、都会では特に見ることが少なくなってきました。</p>



<p>その他にも、葬儀の形態も段々と家族葬のような縮小傾向にあり、亡くなった後ですら最後の挨拶においても満足にできない状況であります。</p>



<p>それこそ昔は、人が亡くなるとご近所さん同士が集まり、葬儀について分からないことを教えてもらったり、忙しい準備を全面的にお手伝いをするというご近所関係がありました。</p>



<p>現在では、子供は家で一人で遊び、葬儀も縮小化されているので、昔に比べてなんとも寂しい印象を受けるのは仕方ないことだと思います。</p>



<p><strong><span class="marker-under">人と人が多く関わり、他者を見て育つことこそ、物事の善悪や豊かな感情というのは形成されると私は考えます。</span></strong></p>



<p>その助けとなったのが、昔の寺子屋でした。</p>



<p>寺子屋では、子供たちが集まり、勉強から仏教を通した様々な死生観を子供たちに伝えることで、善悪を分別した人間性や子供同士の協調性を育む場所として大いに重宝されてきました。</p>



<p>実は私の寺は、今でも子供たちが集まり寺子屋として勉強や道徳について教えています。</p>



<p>親御さんによる寺子屋の感想としては、「子供が以前より相手の気持ちを考えるようになった」や「引っ込みがちだったが、友達と積極的に関わるようになった」等のお声をいただいています。</p>



<p>人と人との関係がなかなか作れない今の社会だからこそこういった場所というのは必要ですし、やはり仏教を通して子供が善悪を理解して豊かな人間性を持つことは、親の願いでもあると思います。</p>



<p>仏教というと、宗教としての怖さや胡散臭さがあるのは分かりますが、仏道は人の正しい道を示してくれる道徳のようなものです。</p>



<p>ですので、子供の教育の一つとして仏教を学ばせるということは、必ず子供の成長に良い影響を与えることでしょう。</p>



<h3><span id="toc2">子供に仏教を体験させる取り組み</span></h3>



<p>私のお寺では、寺子屋を開いていると言いましたが、他にも有志の僧侶とともに子供たちを寺子屋の課外授業版として遠足に連れて行っています。</p>



<p>そこでは、食べ物への感謝を学ぶため農家さんを尋ねたり、禅宗のお寺に伺って座禅体験や修行体験をして、日々の日常とことなる仏教体験をしてもらいます。</p>



<p class="has-orange-color has-text-color">そのような経験から私たちは以下のことを子供に学んでもらおうと考えています。↓</p>



<ul><li>生きていることは、決して自分一人の力ではない</li><li>感謝の大切さ</li><li>いかに自分が日々煩悩にまみれているのか</li><li>家族の大切さ</li><li>友達との協調性</li></ul>



<p>特に子供たちに学ばせようと立ち振る舞っているのは上記の五点です。</p>



<p>なぜこれらを重要視しているかというと、これらは現代社会においてなかなか日々の生活だけでは自力で学ぶのが難しいからです。</p>



<p>ですので、仏教体験を通して友達と関係を深めたうえで、忘れがちだけど人間として生きるうえで大切な道徳を身に着けてもらいたいと考えているのです。</p>



<h3><span id="toc3">家でもできる子供への仏教の伝え方</span></h3>



<p>寺子屋について説明しましたが、これは近くに寺子屋を開いている寺院がなければ通わせることができません。</p>



<p>ですので、家庭の教育として子供の成長の手助けとなるよう、スムーズに仏教を取り入れる方法を3つ紹介していきます。</p>



<p><strong>①つ目の方法</strong>は、挨拶をしっかりさせるということです。<br>挨拶といってもただ言葉を言えばいいというわけではなく、例えば食事の時には、命を頂くことの大切さを親御さんが子供に教えてあげなければなりません。また、何かをしてもらったら感謝を伝える大切さをしっかり教えてあげることも必要です。</p>



<p><strong>②つ目の方法</strong>は、相手の気持ちを考えさせるということです。<br>人間関係で自分のことばかり考えていたら上手くいくわけがありません。お釈迦さまも人に合わせて教えを説いたように、相手を見て、人に合わせることができることも必要です。</p>



<p><strong>③つ目の方法</strong>は、先祖に手を合わせる姿を子供に見せることです。<br>子供は親を見て育つといわれるように、親の姿を子供はマネをします。①の感謝の気持ちを自然に持たせるためにも、仏壇やお墓に手を合わせる習慣は大切であります。</p>



<p>このたった3つの方法を実践するだけで子供の成長もかなり変わってくると思います。</p>



<h2><span id="toc4">まとめ</span></h2>



<p>現代社会を言い換えると孤立社会といっても差し支えないかと思います。</p>



<p>そんな時代において、子供たちにもしっかり生き抜ける善悪をわきまえた優しい人間となってほしいのが当たり前でしょう。</p>



<p>近くに寺子屋をやっているようなお寺があり、子供を通わせることができればいいですが、なかなか見つからないこともあります。</p>



<p>そんな時は、紹介した3つの方法を実践してみてください。</p>



<p>少なからず子供の成長に良い影響となると思いますので、是非試してみてください。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>お坊さんはお経を読んでいる時に何を考えている？現役僧侶が解説！</title>
		<link>https://www.osiete-obohsan.com/imagination/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[クバさん]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Jul 2021 23:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[疑問解決コーナー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.osiete-obohsan.com/?p=688</guid>

					<description><![CDATA[葬儀のときや法事の際、お坊さんが長いお経を読みお祈りする姿というのは誰しもが想像できるでしょう。 その際、お坊さんを見ると経典を見ながらお唱えしているお坊さんもいれば、目をつむり暗唱しているお坊さんも見たことがあるかもし [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>葬儀のときや法事の際、お坊さんが長いお経を読みお祈りする姿というのは誰しもが想像できるでしょう。</p>



<p>その際、お坊さんを見ると経典を見ながらお唱えしているお坊さんもいれば、目をつむり暗唱しているお坊さんも見たことがあるかもしれません。</p>



<p>お坊さんは、目を閉じていったい何を考えてお経を唱えているのか疑問に思った方もいらっしゃるのではないでしょうか？</p>



<ul><li><strong>自然にふるまっていても頭の中は、必死に長いお経を思い出しながら唱えている</strong></li><li><strong>頭の中で拍を取って、一定のリズムで唱えるよう頭を使っている</strong></li><li><strong>全然関係のない邪なことを考えている</strong></li></ul>



<p>これらが私が僧侶になる前に考えていたことです。</p>



<p>では、実際のところはどうなのでしょう？<br><span class="marker-under">真言宗の僧侶である私がつっこんで解説します。</span></p>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-8" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-8">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">宗派によって違いがある</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">真言宗は、お経中に様々なイメージをしている(邪なことではありません)</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">経典を必死に見ながら読んでいる場合は？</a></li></ol></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">まとめ</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">宗派によって違いがある</span></h2>



<p>もしかしたら、お経中の僧侶の頭の中など考えたこともない方が大半かもしれません。</p>



<p>しかし、もし亡くなった故人やご先祖さまにあげるお経を読んでいる最中に、お坊さんが晩御飯のおかずのことを考えていたら嫌ですよね。</p>



<p>やはり、一般的な考えとしては至心に亡くなった故人やご先祖さまをしのび、至心にお経を唱えてもらいたいことと思います。</p>



<p>では、実際のところお坊さんの頭の中は何を考えているのでしょうか？</p>



<p><strong><span class="marker-under">結論は、宗派によってことなります。</span></strong></p>



<p>例えば、禅宗の知り合いの僧侶に聞いたところ、禅宗では頭の中に何も考えず、心を無にしてお経をお唱えするそうです。</p>



<p>他にも、浄土系の僧侶の知り合いに聞いたことがあります。<br>浄土系の僧侶は、本尊の阿弥陀如来さまを信仰する宗派であるから、お経をお唱えするときも阿弥陀如来さまへ届くよう至心に心を祈っているそうです。</p>



<p>このように、けっして邪なことを考えているのではなく、宗派それぞれの教えに則って頭を使っているのです。</p>



<h3><span id="toc2">真言宗は、お経中に様々なイメージをしている(邪なことではありません)</span></h3>



<p>宗派によって頭で考えていることが違うと説明しましたが、私が属している真言宗はどのようなことを頭で考えているのでしょう？</p>



<p>実は、真言宗の僧侶はお経中に様々な印を手で結んだり、後ろから見ると分かりづらいかもしれませんが、ごそごそとお経を唱えつつ何かをしています。<br>これは、真言宗の教えで僧侶自身が仏そのものと自覚し、仏のつもりで印を結び、お経を唱えて故人を導いているのです。</p>



<p>そして、もちろん頭の中は仏そのもののイメージであるから、邪なことを考えているわけがありません。</p>



<p>また、お経によってイメージする内容も変わります。<br>掻い摘んで例をあげると、光明真言というお経がありますが、これは手のひらから光が出るようなイメージを頭の中でイメージしお唱えします。</p>



<p>このように真言宗では、イメージをとても重んじていることが分かると思います。</p>



<p>ちなみに、お経以外でも「阿字観(あじかん)」といって瞑想をするのですが、心を落ち着かせた後、心の中で仏を感じ、それを自分を中心に世界中へと円形状に広げていくイメージで瞑想します。</p>



<p><strong><span class="marker-under">このことからも、真言宗はイメージを重んじ、禅宗の心を無にするということと真逆の教えであることが分かります。</span></strong></p>



<h3><span id="toc3">経典を必死に見ながら読んでいる場合は？</span></h3>



<p>基本的には上記でお伝えした通り、宗派によって頭の中で考えていることはことなってきます。</p>



<p>ですが、冒頭でもふれたように経典を見ながらお唱えしている僧侶を見ることも多いでしょう。</p>



<p>正直なところ、般若心経や観音経ならまだしも、葬儀などでお唱えする長いお経の場合は、経典をしっかり見ながらお唱えする必要があります。</p>



<p>まず、大前提として仏さまの教えであるお経を間違ってお唱えすることがないよう、気をつけて僧侶はお経を唱えています。<br>お経を間違ってしまうことは、仏さまの教えを間違った言葉で説法していることと同じになってしまうからです。</p>



<p>ですので、若い僧侶の場合は特に、お経を間違えないように必死にお唱えしているということをご理解いただければ幸いであります。</p>



<p>しかし、長年お経をお唱えしていれば、長いお経でも暗唱しながらお唱え出来るようになるものです。</p>



<p>真言宗の場合、イメージも大切なお経の一部ですから、経験を積み重ねて目指すところは、お経を暗唱しながらイメージもできればなおよいでしょう。</p>



<h2><span id="toc4">まとめ</span></h2>



<p>いかがだったでしょう。</p>



<p>一般の在家の方であれば、正直お坊さんの頭の中でこのようなことを考えていたと知り、驚いたのではないでしょうか？</p>



<p>私も僧侶となり、「実はこんなにお経中でも忙しいのか」と驚いた覚えがあります。</p>



<p>ですが、俗人の頃に私が考えていたような心配がないことと、お坊さんも一生懸命お経をお唱えしているのだと分かっていただけたと思います。</p>



<p>ご先祖さまや亡くなった故人を導くために、お坊さんは至心にお経をお唱えしています。</p>



<p>どうかみなさんも僧侶にならい、心をこめてお祈りをいたしましょう。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【仏教初心者必見】現役僧侶が仏教の勉強を始める前の注意事項を解説！</title>
		<link>https://www.osiete-obohsan.com/learn-buddhism/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[クバさん]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Jul 2021 00:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[疑問解決コーナー]]></category>
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					<description><![CDATA[日本人なら誰しもが、葬儀や法事、墓参りにいたるまで様々なことから仏教徒関わりがあることと思います。 仏教は、インドから中国に伝わり、日本に伝来されてから今日に至るまで、私たちの生活に密接に溶け込み、正月の初詣やお盆のお参 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>日本人なら誰しもが、葬儀や法事、墓参りにいたるまで様々なことから仏教徒関わりがあることと思います。</p>



<p>仏教は、インドから中国に伝わり、日本に伝来されてから今日に至るまで、私たちの生活に密接に溶け込み、正月の初詣やお盆のお参りなどは欠かせない行事となっていますよね。</p>



<p>そんな関わりの深い仏教であるからこそ、なぜこれをするんだろう？これっていったいどういう意味？といった疑問もわいてくるでしょう。</p>



<p>仏教を学ぶということは、僧侶でなくてはならないということはありません。<br>興味がひかれたら誰しもが学んでよいのです。</p>



<p>ですが、仏教と一括りに言ってもその中のジャンルは驚くほど沢山あります。<br>すべてを浅く網羅しようとしても、それこそ一生掛かっても足りないくらいです。</p>



<p>では、仏教を学びたいけどいったいどうすればいいのか？</p>



<p>この記事では、<strong><span class="marker-under">仏教について深く学びたい方に向け、学ぶ前に注意する点について</span></strong>解説していきます。</p>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-10" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-10">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">まずは興味があるジャンルを選ぶ</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">体験談</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">勉強をするうえで方向性選びのコツ</a></li></ol></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">まとめ</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">まずは興味があるジャンルを選ぶ</span></h2>



<p>仏教といってもその内容は多岐にわたります。</p>



<p>いきなりジャンルと言われてもよく分からないと思うので、例として少し紹介します。</p>



<ul><li>お釈迦さまについて(インド全般)</li><li>仏教の歴史</li><li>仏教の教えについて</li><li>お経について</li><li>日本の宗派それぞれの教え</li><li>密教とは</li><li>日本の仏教について</li></ul>



<p>上記であげたのは、ほんの一例にすぎません。<br>仏教といっても、様々な事柄をまとめて仏教と総じて言っているため、勉強を始めるにあたってまずあなたが<strong>「<span class="marker-under">仏教の何を学びたいか</span>」「<span class="marker-under">仏教の何に興味があるか</span>」</strong>という方向性を決めて、そこから入っていくことを私はおススメしています。</p>



<p>ちなみに、上の例にあげたジャンルをどれか一つとって、きちんと勉強するだけでも数か月から数年は掛かるでしょう。</p>



<p>そんな膨大な知識を一から順々に学んでいったら、正直時間がいくらあっても足りないです。</p>



<p>ですので、まずは興味のあるジャンルを選ぶことから始めましょう。</p>



<h3><span id="toc2">体験談</span></h3>



<p>私自身も僧侶となる前、まったく知識がない中、一からすべて学んでいこうとして失敗した経験があります。<br>当初は、勉強しても終わりが一向に見えず、作業のように勉強していました。</p>



<p>その後どうしたのかというと、私が興味があった「仏像」というジャンルから勉強を始め、段々と勉強そのものが楽しくなっていき、そこから関連あるジャンルへと移行していき、気づいたら他ジャンルの多方面についてものめりこんでいきました。</p>



<p>ですが、私は僧侶なので一部に特化しすぎるというだけでは、檀家さんのお役にたてません。</p>



<p>他にも仏教についてたくさんの勉強が必要となってきますが、興味がある内容を夢中に勉強していたおかげで、他のジャンルに手を付けた時に少なからず関連性が見つかり、すんなりと知識として頭に入れこむことができるようになっていました。</p>



<p>というのも、仏教の大本はインドのお釈迦さまであり、すべてはその根本とつながっているわけですから、勉強したことが次のジャンルにも生かせるということなのです。</p>



<p>当時の私も、「成程、この仏像が怖い顔をしていたのは～の意味が隠されていたのか」というように楽しく、よりスムーズに勉強を進めていくことができました。</p>



<h3><span id="toc3">勉強をするうえで方向性選びのコツ</span></h3>



<p>まず、仏教を学ぼうと思ったきっかけはなんでしょうか？</p>



<p>僧侶にこれからなるために勉強を始めようとしている方もいらっしゃるでしょう。<br>また、おそらくあなたが何かしら仏教にふれ、疑問をいだいたから仏教を学ぼうと思い至ったのではないでしょうか。</p>



<p>僧侶となるのであれば幅広い知識も必要となってきますが、まずはじめに仏教を勉強する入り口として、私がおススメしているのは、「<strong><span class="marker-under">その最初に抱いた疑問から手始めに勉強していけばいい」</span></strong>ということです。</p>



<p>何事も興味やモチベーションがないと続かないものです。</p>



<p>上記でも説明しましたが、仏教を学び得られた知識に無駄は一切ありません。<br>一つの知識がまた次につながっていきます。</p>



<p>それがだんだんと面白くなり気づいたら大抵のことには答えられるようになっているでしょう。</p>



<p>ですので、ジャンルの方向性選びには、まず抱いた疑問から解決していきましょう。</p>



<h2><span id="toc4">まとめ</span></h2>



<p>仏教を学ぶということはとても膨大な時間を消費しますし、もしかしたら難解すぎて時間を掛けても理解できないこともあるかもしれません。</p>



<p>私も長年勉強していても未だに分からないことというのは沢山あります。</p>



<p>ですが、興味があるジャンルから勉強を進め、それがどんどん他の関連性のあるジャンルに広がっていくことの楽しさを感じながら勉強しています。</p>



<p>その他にも、私たちの身近にある事柄も仏教から由来することがあふれており、深く知ると意外な発見がありとても面白いものです。</p>



<p>是非、私の勉強法を参考にこれから勉強に取り組んでみてください。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>お坊さんのようにお経を唱えられる？すぐに実践できるお経の唱え方やコツを現役僧侶が紹介！</title>
		<link>https://www.osiete-obohsan.com/buddhist-chant/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[クバさん]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Jul 2021 00:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[疑問解決コーナー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.osiete-obohsan.com/?p=621</guid>

					<description><![CDATA[最近、お遍路や御朱印が若い世代にも注目されて、ひそかなブームとなっているようです。 また、私のお寺にもお経を教えてほしいという声があり、「読経会」を開いて信徒のみなさんと良いお経が唱えられるよう研鑽しています。 ご家庭の [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>最近、お遍路や御朱印が若い世代にも注目されて、ひそかなブームとなっているようです。</p>



<p>また、私のお寺にもお経を教えてほしいという声があり、「読経会」を開いて信徒のみなさんと良いお経が唱えられるよう研鑽しています。</p>



<p>ご家庭の仏壇で朝お経をあげてお勤めをすることは大変よいことで、一軒でも多くそういった習慣を取り入れてほしいと願っています。</p>



<p>しかし、ただお経本を見て読めばいいというものでもありません。</p>



<p>この記事では、<span class="marker-under">お経を読むうえで心がけることや上手に唱えるコツを私の経験をもとに分かり易く紹介</span>していきます。</p>



<p>是非、最後まで読み進めていただき僧侶のような読経をマスターしていってください。</p>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-12" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-12">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">お経はどうやってできたの？</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">心をこめてお唱えすることが大切</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">お経を読む功徳</a></li></ol></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">お経の唱えかた</a><ol><li><a href="#toc5" tabindex="0">読経のコツ</a></li></ol></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">まとめ</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">お経はどうやってできたの？</span></h2>



<p>お経は、お釈迦さまの教えを文字にしたものです。</p>



<p>お釈迦さまは、悟りをひらかれてから８１歳でお亡くなりになるまで約５０年間、多くの人々に対して教えを説かれました。</p>



<p>その人に応じて、また時に応じて教えを説かれたのですが、当時はその教えを口伝で伝えていきました。</p>



<p>それをお釈迦さまの亡きあと、お弟子さんたちが集まり編集し、インド西北部より中央アジア、中国に伝えられたものが漢文化され、日本に伝わってきました。</p>



<h3><span id="toc2">心をこめてお唱えすることが大切</span></h3>



<p>お経を唱えるうえで大切なのは、<strong><span class="marker-under">心をこめてお唱えすること</span></strong>です。</p>



<p>お経はご存じのとおり、仏さまの教えをまとめたものになります。<br>ですから、お経を読むということは、仏さまの教えを私自身がいただくということと、「お経を上げる」と表現するように、仏さまの教えをほかの人に教えてあげる。</p>



<p>すなわち、<span class="marker-under">仏さまにかわってお説法をするということ</span>なのです。</p>



<p>ですので、心をこめてお唱えするということは、お経を読んで得られる功徳をご先祖さまへ回向(届ける)気持ちと日々見守ってくださっていることへの感謝をこめてお唱えすることが大切なのです。</p>



<p>もちろん、読み方についても自分勝手に読めばいいということではありませんが、できるならば菩提寺の住職に教えていただいてくの一番いいです。</p>



<p>お経は、宗派それぞれのお経があり、その意味する由来や唱え方もことなってきます。</p>



<p>それが出来ないときは、テープなどをかけて、それを聞きながら一緒に読むという方法もあるでしょう。</p>



<h3><span id="toc3">お経を読む功徳</span></h3>



<p>お経が読まれているときは、天人四衆がまわりにきて聴法しているともいわれています。</p>



<p>そして、信じて唱えればあらゆる苦悩から解放され、お経によってはどんな罪(悪い行い)も消滅すると言われております。</p>



<p>ですから、お経を読むときは朗々と声をあげ、はっきりとわかるように読むことが大切ですし、それ以上に誤りなく正しくお経をお唱えすることが大事です。</p>



<p>私も師匠から、「<span class="marker-under">適当にお経をお唱えすることは、間違った教えを説いていることと同じ</span>」と教えられたことがありました。</p>



<p>お経を間違えるということは、そのお経の意味するところからかけ離れてしまうため、間違えないようゆっくりでも構わないので正しく読むようにしましょう。</p>



<h2><span id="toc4">お経の唱えかた</span></h2>



<p>お経を読むうえで大切なことは、姿勢を正し至心に仏さまやご先祖さまに向き合うことです。</p>



<p>姿勢に関して、私が習ったことをあげると、「天井から糸が頭の頂点と繋がって垂らされており、常にピンと糸がはった状態を保つように」と教わりました。</p>



<p>それが綺麗で正しい姿勢だそうです。</p>



<p>そして、お経は上記でふれたように心をこめ、ゆっくりでも間違えないようにお唱えすることが大切です。</p>



<p>私のお寺で読経会をする際は、このようなことを注意して行っていますが、どうしてもお経の最中に気が緩むと姿勢が悪くなってきます。</p>



<p>たくさんやることがあって大変かもしれませんが続けていくうちに慣れてくるものです。</p>



<p>自然と姿勢が整い、心をこめて読経出来たら素晴らしいですね。</p>



<h3><span id="toc5">読経のコツ</span></h3>



<p>上記でもふれましたが、まず一人でお経をお唱えするときはゆっくりお唱えするようにしましょう。</p>



<p class="has-orange-color has-text-color">その他にも上達するコツをあげます↓</p>



<ul><li>拍をとりながら読む</li><li>お坊さんのマネをして低い声で読まず、自分の自然な声で唱える</li><li>手本となるテープや僧侶と一緒にお唱えする</li></ul>



<p>ゆっくり唱える他、この3つを心掛ければ必ず上達できると思います。</p>



<p>拍をとりながら読むことによって、そのまま読んでいると伸ばして読まなかった漢字を伸ばして読むようになります。</p>



<p>実は、お坊さんはこのようにお経を読経しているため、自分の読み方と違うと感じていた方は、拍をつけて読むことでお坊さんと同じ読み方ができるでしょう。</p>



<p>また、手本と一緒にお経をお唱えするのも上達する近道となります。</p>



<p>その際、下手にお坊さんの声をマネて声を出すと喉を潰してしまいます。<br>お坊さんは、長年お経を唱えて何度も喉を潰したうえであの低い声を出しています。</p>



<p>自分の自然な声で、無理をせずお唱えしましょう。</p>



<h2><span id="toc6">まとめ</span></h2>



<p>お経はお釈迦さまの教えですから、今一度下記のことを忘れず覚えておきましょう。</p>



<ul><li><strong>心をこめてお唱えする</strong></li><li><strong>姿勢を正す</strong></li><li><strong>読経はゆっくりでもいいので間違えないように</strong></li><li><strong>練習する際は、拍を取り手本と一緒にお唱えしましょう</strong></li></ul>



<p>これらが実践できれば、自然と良い読経ができるようになっていると思います。</p>



<p>是非、実践してみてください。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>都会と田舎の僧侶の違いは！？田舎に住む現役僧侶が解説！</title>
		<link>https://www.osiete-obohsan.com/urban-and-rural/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[クバさん]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 08 Jul 2021 01:08:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[疑問解決コーナー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.osiete-obohsan.com/?p=632</guid>

					<description><![CDATA[一概に僧侶といっても、住む地域によって僧侶としての日常は大きく変わってきます。 都会と聞けば忙しいイメージを持ち、田舎だとゆったりしたスローライフをしている僧侶を想像するでしょう。 都会のお寺は、初詣や節分等で大いににぎ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>一概に僧侶といっても、住む地域によって僧侶としての日常は大きく変わってきます。</p>



<p>都会と聞けば忙しいイメージを持ち、田舎だとゆったりしたスローライフをしている僧侶を想像するでしょう。</p>



<p>都会のお寺は、初詣や節分等で大いににぎわう光景がテレビなどでよく見受けられますし、そもそも人口が圧倒的に違います。</p>



<p>ですので、都会のお坊さんの方が何かと大変そうと思われるのもむりはありません。</p>



<div style="height:28px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p>ですが、<span class="marker-under"><strong>実は田舎の僧侶も日々忙しく法務に追われているのです。</strong></span></p>



<p>僧侶において都会と田舎の違いはいったいなんなのか？<br>田舎に住む僧侶の目線で解説していきます。</p>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-14" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-14">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">都会と田舎で僧侶の日常はかわる？</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">田舎ならではのお坊さんの仕事とは？</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">都会のお寺の特徴</a></li></ol></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">まとめ</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">都会と田舎で僧侶の日常はかわる？</span></h2>



<p><strong><span class="marker-under">最初に結論から言いますと、都会と田舎の僧侶の日常は大きくことなります。</span></strong></p>



<p>都会は人口が多く、人口が多いということは参拝者の数も多くなりますし、檀家の数も比例して多くなります。</p>



<p>ですので、法事や葬儀など行っている法務内容に違いはありませんが、その件数は都会がどうしても多くなるのは必然でしょう。</p>



<p>また、ある程度知名度があれば参拝に来る人々の対応や祈願や滅罪の法要で大忙しだと思います。</p>



<div style="height:51px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p><br>一方、田舎のお寺は、地域の人口が都会と比べて少ないので同じ法務内容を行っていても、件数が違うため忙しさは比べるまでもありません。</p>



<p>これでは、田舎の僧侶は暇を持て余すぐうたらな僧侶と思われてしまいそうですので、田舎ならではの僧侶の法務を紹介していきます。</p>



<h3><span id="toc2">田舎ならではのお坊さんの仕事とは？</span></h3>



<p>前述で述べたとおり、田舎の人口が都会に比べ少ないため、法事や葬儀の件数は全体的にみて少ないと言えるでしょう。</p>



<p>そうなってくると疑問に思うのが、田舎の僧侶は暇なのでは？空き時間に何をしているの？ということがあがると思います。</p>



<p>ですが実際は、田舎のお寺はまったく暇ではありません。</p>



<p>私は、新潟在住の僧侶ですが、新潟では<strong><span class="marker-under">「月参り」</span></strong>というお参りを毎日行っているのです。</p>



<p>月参りとは、檀家や信徒のお宅に伺い仏壇の前でお経を読むことで、祥月命日だけでなく、例えば7月10日が命日なら毎月10日ごとにお宅へ伺い、年12回お参りすることを月参りといいます。<br>知り合いのお寺さんの話によると、北海道や長野でも月参りの風習があるそうですが、いわゆる都会では月参りは行っていないと聞きます。</p>



<p>ですので、勘のいい方は気づいたかもしれませんが、月のうち1日～31日まで満遍なく月参りの予定が入れば、僧侶も休む日がなくなるわけです。</p>



<p>それに加えて、法事や葬儀が入ってくるため、意外と田舎のお寺も忙しい日々を送っているのです。</p>



<p>また、境内の掃除においても山を背負ったお寺が多く、落ち葉の掃き掃除をするのも一苦労です。</p>



<p>このように、あまり知られてはいませんが、田舎は田舎なりに多忙な毎日を過ごしているのです。</p>



<h3><span id="toc3">都会のお寺の特徴</span></h3>



<p>私は、今は新潟で僧侶をしていますが、五年前までは東京の大きな祈祷寺にサラリーマン僧侶として勤めていました。</p>



<p>そこで働いていた経験をもとに都会のお寺の特徴を紹介していきます。</p>



<div class="is-layout-flow wp-block-group"><div class="wp-block-group__inner-container">
<div class="is-layout-flex wp-container-2 wp-block-columns">
<div class="is-layout-flow wp-block-column" style="flex-basis:100%">
<ul><li><strong>参拝者が田舎と段違いで多い</strong></li><li><strong>檀家のご自宅に伺うのは法事・盆参りくらいで檀家との関係が浅い</strong></li><li><strong>大きなお寺では行事の際、芸能人を呼んで盛大に行う</strong></li><li><strong>月参りがない</strong></li></ul>



<p>私が勤めていて田舎と違うと感じた大きな点はこのようなことがあがりますが、細かく言えば他にもありますが、参拝者が多いからこそ潤沢な資金をもって盛大な行事ができると感じました。</p>



<p>それとやはり、田舎と違い月参りがなく、年間を通して檀家と直接かかわる機会が少ない印象を受け、少し寂しく感じた覚えがあります。</p>



<p>ですが、そこは逆に都会の強みを生かし、定期的に法話会や写経会、勉強会を開催して多くの人が集まっています。</p>



<p>人口や交通の便がいい都会だからこそ年齢にかかわらず、多くの方が参加できているのでしょう。</p>
</div>
</div>
</div></div>



<h2><span id="toc4">まとめ</span></h2>



<p>都会と田舎を比べてどちらの方が忙しいと言われれば、それはお寺の規模や従業員の数などの様々な要因によって異なるので一概にどちらかはわかりません。</p>



<p>ですが、都会には人口の多さや交通の便がいいことから人が集まりやすいというメリットがあるように、田舎にも檀家との関係が深く、直接相談や説法をする機会があるというメリットがあります。</p>



<p>違いはありますが、僧侶として地域のみなさんのお役に立つことが両方の目指すところであり、檀家や信徒の心のよりどころとなる場所にすることがお寺の務めだと思っております。</p>



<p>この記事を読んで、田舎の僧侶の印象が少しは変わったのではないでしょうか？</p>



<p>正直に申しますと私自身、半休はありますが一年で完全に休みの日というのはありません。<br>月参りを休むわけにはいきませんし、葬儀は急に入るものです。</p>



<p>日々修行という言葉で片づけたらそれまでですが、田舎の僧侶も日々一生懸命頑張っていることを知っていただければ幸いです。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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	</channel>
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